豊丘村の交流学習センター「ゆめあるて」の竣工式が行われました。ゆめあるては公募で当選した造語で、夢と、あるてとはスペイン語で芸術の意味だそうで、奥にそびえる広い図書館があり、耐震のため建て直した福祉センターでは、文化的学習教室が開かれたり、村に関係する絵画なども
展示されていたりするから選ばれた愛称なのです。役場に隣接する保健センターでも同じくらい収容できるホールがありますが飲食ができないので、確かに望まれていた施設ではありました。このオープンに先立ち、フローリング張りの床に土足で上がることに論議を呼びましたが、図書館の使いやすさから当初の通りに決まりました。また、できてしまえばなんてことはないのですが、大変な仕事でした。職人さん不足や資材人件費の高騰など、現場の人たちには苦労をかけました。JVの神稲建設さんのおかげでなんとか竣工なったものの、積算方式の土木と違い、予算ありきの建築は採算合わせるのは至難です。
野地板
コスモス
会社のコスモスを扱ぎました。もう一週間以上は駐車場に倒れこんで会社の存続が疑われるほど見苦しかったのですが、種が枯れてからの方が来年また芽が出るんじゃないかと期待して引き延ばしていました。それが雨も上がり土も柔らかいので夕方暗くなりがけに思い切りました。その枯れ茎は、太さは2cm、長さが1.5mくらいあるものもありましたが、隣の畑のコスモスと一緒に倒しておけば冬のあいだに腐ってくれるので、まずはその畑にはびこっている赤い花の咲いているつる草に除草剤を撒いてから土に帰るように寝かして置きました。実は、去年実った種を採って袋にしまってあったのですが、すっかり忘れていました。来年、覚えていたら種まきをすることにします。
お叱り
高羽町H邸が無事に完成しました。このお家では、上棟してからH様にお叱りを受けましたので、それからここまでたどり着けて本当にホッとしています。そのお叱りとは、屋根の野地板にルーフィングを敷いてから瓦屋さんが入るまで間が空きすぎたため、鼻先から雨が野地板に浸みてしまったことでした。そもそもH様は建築の板金のお仕事をされているプロの方なので納まりには詳しく、段取りが悪くて瓦が早く葺けなかったことが当社の失態でした。コーディネーターの順子さんやみんなも気落ちしていましたがH様のご理解でここまでこれました。今度の土日には見学会もさせていただけます。メーターモジュールの余裕のあるお家です。本当に
ありがとうございます。
オリンピック
クレバリーホームの勉強会があり、東京見学をしました。内容は、東京はオリンピックでどう変わって行くのか想像し、それぞれの地域での企業活動の参考にするというものでした。それでこれからオリンピックの競技会場などがたくさん造られる台場から豊洲辺りを解説付きで歩いて回りました。この臨海副都心エリアは、元青島都知事が世界都市博を中止したため、数年前まではビックサイトやあてはずれの日航ホテルなど幾つかの施設しかありませんでしたが、今は空き地も少なくなってきたことは展示会に行くたびに感じてはいました。それが、巨大なガンダムが立つダイバーシティやアウトレットに変わったビーナスフォート、ゆりかもめの終点に開業したららぽーと豊洲など巨大なショッピングセンターができ、今は新築地市場や隣ではこれまた大きなレジャー複合施設の工事が始まっています。それにしても都内では大型クレーンがそこらじゅうで動いているし、田舎者には東京との格差が益々広がっているように感じます。リニアにより、そんな東京圏に入ることになるのですが・・・






